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Course6

【ディープ】マニアック岡崎★探検コース

  • 約2.5時間
  • 約3.5km

凡例

何気なく歩いていると見逃してしまう小さなお宝を探検するコース。人に教えたくなる雑学・トリビアや、自慢したくなるレアスポット、いまだ出自の不明な謎の物体などもあります。ディープ岡崎探検にレッツゴー!

ねじりまんぽ

地下鉄東西線蹴上駅を地上に上がってすぐのところにある歩行者用トンネル。上からの大きな負荷に耐えられるよう、ねじったように斜めにレンガを積んであります。「雄観奇想」「陽気発所」と刻まれた扁額は粟田焼きで、揮毫は第三代京都府知事・北垣国道。    Spiral Brick Tunnel...

蹴上船溜

インクラインの上端にあたる船溜(ふなだまり)。日向大神宮(ひむかいだいじんぐう)の参道とクロスしており、第一疏水の第三トンネル、第二疏水合流口、ポンプ場、運輸船の復元展示と説明などいくつもの見所が集まっています。   Keage Boat Reservoir This boat reservoir...

旧京都市長公舎・迎賓館庭園(kokoka京都市国際交流会館 南側庭園)

現在のkokoka京都市国際交流会館の場所には、かつて京都市長公舎・迎賓館がありました(大正15年竣工)。建物は残っていませんが、七代目小川治兵衛(植治)が手がけた迎賓館庭園の一部が、今も南側の一角に残っています。パーゴラや滝のある園池などが配された庭園の様子は、1階喫茶コーナーや特別室(会議室)から窓ごしに楽しむことができます。庭園に流れる水...

門柱(kokoka京都市国際交流会館)

kokoka京都市国際交流会館の駐輪場入り口に、経年を感じさせる石造りの門柱があります。かつてこの場所に京都市長公舎があった時代から残るものなのかもしれません。

ゾウ舎(京都市動物園)

建物は木造で大正11(1922)年に、運動場は翌12(1923)年に完成しています。太平洋戦争敗戦後、岡崎地域の他施設同様、動物園もGHQに接収されました(昭和21〜27年)。その際、南側の敷地約1/4にあった施設は撤去されましたが、ゾウ舎のある北側は残りました。現役日本最古のゾウ舎で、北側の妻面にあるゾウの絵のタイルもひそかな見所。

旧ペンギン舎(京都市動物園)

ゾウ舎の横にある旧ペンギン舎。明治40(1907)年以前からある歴史ある場所で、古くはアシカやニホンカワウソがここで飼われていたこともあります。ニホンカワウソは2012年に絶滅種に指定されました。

法勝寺池の汀跡の碑(京都市動物園)

京都市動物園は、遺跡のうえにある動物園です。ここは平安末期〜室町末期にかけて白河天皇が建てた法勝寺(ほっしょうじ)の敷地の南半分。またさらに歴史を遡ると、2万数千年前の動物(偶蹄類)の足跡が見つかっています。工事のたびに発掘調査が行われ、遺跡を守りながら増改築が進められてきました。今もこの下には中世、古代、そして太古の遺跡が眠っているのです。(...

八角九重塔の基壇石(園路)(京都市動物園)

園路の階段の一部に、八角九重塔の基壇の石が使われています。見分けるポイントは、角の角度と石の色。写真のような鋭角の角をもち、花崗岩特有の少し赤みがかった色をしています。(※リニューアル工事中のため当該園路は通れません。2014年1月現在)  

エコ噴水(京都市動物園)

京都市動物園の噴水も、南禅寺船溜同様、琵琶湖疏水の高低差が生む水圧だけで噴き上がる天然噴水です。明治36(1903)年の開園時から変わらず電力いらずのエコ噴水、古今の岡崎を潤してくれています。

観覧車(京都市動物園)

昭和31(1956)年に完成した、本州にある現役最古の観覧車(日本最古は北海道の函館公園こどものくにの観覧車)。4人乗りのゴンドラ12基、全高は12m。岡崎一帯を上から見晴らせる数少ないビュースポット。この同じ場所に平安末期に建てられた法勝寺の八角九重塔は高さ81mといいますから、この観覧車の7倍近くの高さがあったことになります。リニューアルに...

イリエワニの剥製(京都市動物園)

動物図書館に展示されている大きなワニの剥製をご存知でしょうか。あのワニ君、実は大正12(1923)年の時点ですでに剥製として飾られていたもの。飼育していたワニではなく剥製として寄付を受けたものだと考えられています。

旧京都市商品陳列所門柱(京都市美術館 東側)

京都市美術館ができる前、この場所には京都市商品陳列所がありました。建築家・武田五一の設計によるもので、明治42(1909)年にできたこの建物は、大正・昭和の大典・大礼記念覧会の会場としても活躍しました。この門柱は、その京都市商品陳列所時代のもの。当時の写真でその姿を確認することができます。   The old...

石柱(京都市美術館 東庭園)

京都市美術館の池のほとりに、いくつかの謎の石柱があります。よく見るとひとつには「寛政十一年」(1799)、また別の石柱には「嘉永六年」(1853年)と刻まれており、江戸時代のものであることがわかります。竣工写真にも同じものと思われる石柱が写っており、橋の橋脚などを庭の石によく転用した植治の仕事と考えられます。

京都美術館 館名プレート(京都市美術館)

西門、北門の数か所にある「亰(京の旧字)都美術館」の館名プレート。昭和8(1933)年の開館当時の名前「大礼記念京都美術館」の名残をとどめます。戦後、進駐軍の接収解除後に「京都市美術館」と改名され、「大禮(礼の旧字)記念」の文字が削り取られて今に至ります。

内部点検用ドア(平安神宮大鳥居)

メンテナンスのため、鳥居の内部には通路が設けられています。このドアはその通路に出入りするためのもの。不思議な場所についているため「謎のドア」と思われている向きもありますが、実は大切な機能をもったドアなのでした。なお、気になる中の様子は『写真で見る京都100年』(1984年/京都新聞社)収録の写真で知ることができます。岡崎の京都府立図書館1F京都...

平安神宮 社号標(神宮道二条交差点)

大正13(1924)年に建立されたもので、元は応天門前にありました。昭和15(1940)年の孝明天皇合祀の際に、現在の場所に移転改造されました。終戦後、岡崎一帯の各施設等を接収した進駐軍の指令で「官幣大社」の刻字の上に神紋がとりつけられました。今もよく見ると元の刻字が読み取れます。  

大典記念京都博覧会 門柱(照明台座)

岡崎公園グラウンドの南西、植え込みの中にあるレンガづくりの建造物。目立たない存在ですが、実は大正時代の博覧会遺跡で、大正天皇の即位式が京都で行われたのを記念して大正4(1915)年に開催された大典記念京都博覧会の電燈台座。『大典記念京都博覧会写真帖』にはこの台座が写った写真が掲載されています。   A...

応天門前の石灯籠

明治28(1895)年の平安神宮創建時、本殿前に設置されていたもの。昭和15(1940)年の孝明天皇合祀の際に現在の場所に移設されました。裏面に「明治二十八年四月建」の刻字があります。  

蒼龍・白虎手水鉢(平安神宮境内)

平安神宮の境内にある2つの手水鉢。どちらも二期にわたって作られたものです。下の鉢の部分は、明治28(1895)年の平安神宮創建時の奉納されたもので、裏に年月と奉納した議員の刻銘があります。上の石像は、昭和30(1955)年に奉納されたもの。石像の足元に年月と奉納者名などの刻銘があります。  

左近の桜(平安神宮境内)

明治28(1895)年3月に奉納された「左近の桜」は、京都御所の紫宸殿前の左近の桜の実から育てた桜。平安神宮の左近の桜と、京都御所の左近の桜は、一体分身の赤芽山桜なのです。  

右近の橘(平安神宮境内)

明治28(1895)年6月に「右近の橘」が奉納されました。ですが、平安神宮創建時に植栽された初代の橘は、昭和36(1961)年の大寒波(三六豪雪)で残念ながら枯れてしまいました。現在の「右近の橘」は同年5月に新たに植え替えられた二代目。冬になると、厳しい京の冷え込みから守るために小屋で覆われます。  

日本最初の電車(平安神宮 神苑)

明治28(1895)年1月、京都に日本初の電車が走りました。琵琶湖疏水の水力発電で得た電気を動力とし、同年開催の第四回内国勧業博覧会の送客を大きな目的としていました。この京都電気鉄道は、大正7(1918)年に京都市に合併され、その京都市電も昭和53(1978)年に最後の線が廃止になります。...

臥龍橋(平安神宮 神苑)

中神苑中央の蒼龍池にある沢渡。天正年間の三条・五条両大橋の橋脚や梁が使われており、東側の大島(珊瑚島)と北岸を石づたいに渡ることができます(通行止め期間あり)。  
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