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白河院址・法勝寺跡の碑と説明板

撮影:京都府立大学文学部歴史学科文化遺産デザイン研修

撮影:京都府立大学文学部歴史学科文化遺産デザイン研修

平安時代、岡崎の地は白河と呼ばれていました。この地に政治の中心を移した白河天皇は、法勝寺という大規模な寺院を建立しました。この建立の背景には国を仏教の力で治めるという鎮護国家思想があったと言われています。また、白河天皇は上皇となった後この地で国政を統べるようになりました(院政の開始)。このようにして、白河は国中の権力と財産が集まる政治の中心地へと変貌を遂げながら宗教の中心地にもなっていきました。敷地は広大で、現在の京都市動物園は法勝寺の南半分足らずにすぎず、二条通、冷泉通を超えてさらに北へと広がる大寺院でした。

(記事・撮影:京都府立大学文学部歴史学科文化遺産デザイン研修)

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